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コート

これまでにも何度か、突如として開く“記憶の引き出し”について書いてきたけど、ちょこっとシリーズ化でもしてみようかと(笑)。

と言うわけで今朝の引き出し。

ま、だいたいが通勤途中にガッと引き出しが開くのだけど今日は、ワシが18歳から19歳頃のファッションについて開いてしまいました。

今思えばホントに恥ずかしい限りのあのコート。

まっ青なくるぶし辺りまであった大きめのロングコート。
当時、やたらと流行っていたK-FactoryとかPOSHBOYとかPEARSON’Sあたりのちょいと派手目のあのコート。
風を孕むとパラシュートのように膨らむあのコート。
でも、当時はお気に入りだったんだよね。

いったいいつあのコートを手放したのだろうか?

不思議なことに、着ていた記憶の引き出しは開いても、手放したときの記憶の引き出しは閉じたままであります。
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Memories of 1985

1985年の夏の出来事。
遠い昔の話しである。

~6月、学校の教室にて~

 梅雨に入ったばかりの蒸し暑い教室で俺はその頃仲の良かったAと話していた。
 「今年の夏休みどうする?」
 「どうするって、何を?」
 「ほら、去年行けなかったホテルのバイト…」
 「そろそろ申し込んでおかんと、また出来ひんようになるで」

 話しは1984年の夏に戻るのだが、高校二年生だった俺は暇な夏休みをどう過ごすべく考えていた。そこで思いついたのが、海が近くにある某温泉のホテルでバイトをするということだった。もちろん、毎日海に行けると言う遊びもかねてのことだった。しかし、それを思いついたのが既に夏休みの直前と言うことで、温泉街にあるどのホテルからも断られたのである。そして、今年こそはと思い友達に切り出したのである。

 「そう言えば、去年出来ひんかったんやなぁ」
 「そうやん、そやから今のうちに連絡しとかんと…で、お前どうすんの?俺は行くけど」
 「そうやなぁ、どうせ暇やし行ってもエエよ」
 「了解、ほんならあと二人誰にするかやな…」

 こうして、俺は高校生活最後の夏休みを友達三人を誘ってホテルで住み込みのバイトをすることになった。

~7月、バイトの始まり~

 この年の梅雨は高校生だった俺にとって最高の梅雨だった。と言うのも見事なまでに夏休みには明けていたからである。にもかかわらず、俺の体調は最悪だった。なぜならば、俺は夏休み直前に夏風邪をひいてしまい、とてもじゃないけど住み込みでのバイトを出来る状態ではなかった。しかし、言いだしっぺである俺が皆と一緒に行かないわけにはいかないので、無理して行く事にした。
 バイト先へ向かう当日、俺は母に駅まで車で送ってもらいながら考えていた。当然、体がしんどいというのはあるのだが、なにぶん、親元を離れて生活するのが初めてな俺にとって、その体の状態がいっそう不安にさせていた。でも、一度決めたことだからと俺は腹をくくった。そして、駅に着くと一緒にバイトに行く三人の友達が既に待っていた。ちょっとヤンキーの入ったA、パンク好きのS、高校生ながら麻雀好きのいとこのM、そして俺の四人は各駅停車の電車に乗った。
  風邪をひいて体がだるかったにもかかわらず、列車が現地に着くまではそれなりに楽しかった。やはりそれは、これから思いっきり夏を満喫できる、と言う思いがあったからだろう。それは、他の三人の顔を見ても同じように見えた。
 一時間ほどすると列車はホテルのある駅に到着した。改札を抜けると、ホテルの関係者が待っていてくれた。関係者と言っても、ここにくる前にバイトの面接でわざわざ俺達の住む町まで来てくれた人である。ようは、これからお世話になるホテルの部長さんだった。俺達はそれぞれに部長さんと挨拶を交わし、用意してくれていた送迎バスに乗ってホテルへと向かった。

 俺達がバイトするホテルはその温泉街にあるホテルの中でもかなり大きな方だった。どうして、このホテルをバイト先に選んだのかと言うと、実は俺は何度か客としてこのホテルに泊まったことがあったのだ。もちろん、家族と一緒ではあったんだけど。

 ホテルに着くと、生活の拠点となる社員寮へと案内された。当然このことながらそこは個室ではなかった。いわゆる大部屋である。そこには病院でよく見かけるベッドが並んでおり、俺は「今日からここで寝るのか~」と思っていたがそうではなかった。ベッドが並んでいるその奥に畳の部屋(布団部屋)があったのだ。よく見るとベッドの下には既に荷物らしきものが置かれていたのだった。実は、目の前に並んでいるベッドは既に使われていたのだ。では、いったい誰が使っていたのかと言うと、実は大学生のバイト組みの方々だった。そう言うことで俺達は布団部屋での生活が待っていたのである。と言っても、四畳半の広さの布団部屋は男四人で寝てもまったく問題のない広さだった。ただし、当然の事ながらエアコン等というものはなかったので、夜をどうやって過ごそうか本気で考えてしまった。そして、休憩する間もなく、とりあえずその場に荷物を置いた俺達はホテルへと向かうことになった。

 ホテルの事務所につくと、俺達と同じように今日からバイトという三人の高校生がいた。俺達四人を足して総勢七人の高校生。内訳は男五人女二人。俺達はちょっと照れながら挨拶を交わし、部長さんの説明を聞くことになった。説明はそれぞれのバイトの持ち場と時間と未成年に対する注意事項だった。そして、俺が担当になったのは“皿洗い”だった。といっても、俺一人ではなく、あと二人同じ学校の友達が一緒だったのである。同じ学校のもう一人は配膳係で、別の学校の女二人はホテルが他の場所で経営している土産物屋、そして、男は米係り?だった。
 結局、俺達男全員が厨房の雑用とゆうことである。本当はホテルのプールの監視員とかできるかな?なんて思っていたんだけど、やっぱり甘い考えだった。これは既に大学生がやっているとの事で、まぁ、高校生のバイトなんてこんなもんだろうと思ったりもしたけど、それはそれで良いことが沢山あったのである、これが。

 そして、その日の夜から俺達のバイトは始まった。だけど、俺は決して忘れていたわけではない。徐々に自分の体温が上昇していくことを。そして、次の日、俺は案の定ダウンした。

~太いの一本~

 俺達は夕方5時頃にはホテル内にある社員食堂で夕ご飯を食べることになった。皿洗いの仕事はお客様の食事が始まると同時に始まるので、この時間には夕食を取っておかなければならなかった。というのも、ホテルの食事は大体夕方6時ごろから始まり夜の10時ごろまでと決まっていた。そのため、客室が満杯の時など夜の仕事が終わるのが12時近くになることもあった。そして、運の悪いことにバイトの初日がその満杯の日だったのである。実は、俺はそれまで皿洗いのバイトというものをとても甘く見ていたのだ。
 
 夕食を取ったあと俺達は持ち場へと案内された。そこにはちょっと気むずかしそうなおばちゃんと、のほほんとしたおばちゃんの二人が待ち構えていた。二人のおばちゃんと手短に挨拶を交わし、さっそく食器の洗い方や洗ったあとの食器の整理のしかたまで教えてもらった。俺は最初、皿洗いに何で三人も必要なのかな?と思っていたのだが、これはやってみるとすぐに納得できた。まさに、流れ作業とはこのこと。おばちゃん二人が食器を洗い、食器についた洗剤を一人が流す、それを今度は乾いた布で拭いていく、最後にそれを整理していく。これだけの作業なんだけど、手短に効率よく仕事を進めて行くには、やはりこれだけの人員が必要だった。そして、いざ、やってみるとこれがかなり重労働なのである。バイトの時間は朝と夜だったが(当然ホテルなので)、初日は夜だけだったと言うのにホトホト疲れ果てた。もちろん風邪でしんどかったのもあるが、その皿、器の数が半端ではなかった。慣れない仕事を立ったままで続けたせいか、終わった時にはあまりにしんどさに、なかなか寮に戻れなかったのを憶えている。

 バイト二日目の朝は6時半からの仕事だった。しかし、6時頃に目がさめた俺は体が動かなかった。念のために持ってきていた体温計を計ると既に40度近くまで上がっていたのだ。その時点で俺は今日のバイトは諦めた。徐々に起き出した友達に今日は休むと言って、そのままお昼近くまで寝てしまった。そして、朝の仕事を終えた友達と一緒にホテルの部長さんがやって来て言った。
 「これからお医者さんに連れていったるからな」
 「でも、俺、保険証持ってきてへんし…」
俺がそう言うと
 「大丈夫や、とりあえずはよ風邪なおさんと仕事でけへんよ」
そうして俺は、部長さんの車で温泉街にある町医者へと連れて行かれた。

 そこは本当に小さなお医者さんだったが、とても親切にしてくれたのを覚えている。以前“Go Go America”でも書いたんだけど、知らない土地でお医者さんにかかったのがこの時が初めてなのである。
 熱がかなりあった俺はフラフラしながら診察を受けた。そして、待っていたのがあの注射である。そう、子供の頃から打たれたことがなかったお尻への注射である。注射を打たれるとき痛いんだろうなと思っていたんだけど、案外痛くなかったのを覚えている。そして、お薬をもらった俺は部長さんと一緒にホテルの寮へと戻った。

~大学生~

 俺がお医者さんから帰ってくると、寮には誰もいなかった。夜の仕事が始まるまで時間があるので、きっと何処かに遊びに出かけていたのであろう。とにかく俺は体を休めようと思って、自分たちの寝床である布団部屋に戻った。俺はその時持ってきていたラジカセに、THE TUBE(現TUBE)の「HEART OF SUMMER」を入れ、聴きながら寝ることにした。

 俺が起きた時には既にカセットテープは既に終わっていた。にもかかわらず、別の場所から音楽が聞こえていた。大学生のバイト組が戻ってきていたのだった。俺は挨拶をしようと思って、重たい体を起こして立ち上がった。実は初日の夜は俺達がバイトから帰ってきた頃には、大学生達は既に寝ていたのである。と言うのも、高校生である俺達とはバイトの内容が違っていたのだ。それこそ、俺がしたかったホテルのプールの監視員とか海の家の従業員。夜は、ビアガーデンのウェイターと、裏方オンリーの俺達とは時間が合わないのである。
 この時、寮に戻ってきていた大学生は一人だったんだけど、少しだけ話をすることが出来た。なんでも、大学のクラブの伝統的な合宿を兼ねたバイトで毎年来ているらしく、この時話したTさんは3回生と言うことだった。で、何のクラブかというとサッカーでした。実はあとから知ったのだが、Tさん達の大学はサッカーではとても強かったらしい。そう考えると、このTさんの短パンから覗く太股は、かなり魅力的だったかもしれない。
 今でこそ、体育会系とかガッチリした体型の人がタイプの俺ではあるが、当時はまだ自分のタイプがどういった人なのかわからなかったのである。今、考えるとこのTさんて本当にいい男だったような気もする。と言いながら、このバイトで知り合った大学生の中でTさんがやっぱり一番イイ男でした。当然、高校生だったし男との経験も少なかった俺にとっては、見ず知らずの年上の人と知り合うのってとっても新鮮であったのである。
 そして、Tさんが再びバイトに戻ると言うことで寮から出ていった。その時に、貸してもらったカセットテープが杏里の「WAVE」だった。それまで俺は杏里をあまり好きではなかった。確かに売れてはいたんだけど、イマイチ受け入れられなかったのである。だけど、この借りたカセットテープ1本で、のちのち何度もコンサートに行くことになるとは思いもよらなかった俺である。

 ちなみに、なぜ15年以上もたった今Tさんの名前を覚えているかというと、バイトが終わった後も付き合いがあったのっだ。といっても、Tさんは全くのノンケで、バイト中も海で女の子をひっかけてはやりまくっておりました。この頃は俺も女の子は好きだったので、ちょっとだけ美味しい事もあったんだけどね。まぁ、Tさんと付き合ったおかげで、高校生でありながら、大学生の遊びを覚えてしまった俺でした。

~温泉の効力~

 夏風邪と言うことで、俺の体はなかなか良くならなかった。ありがちなのだが、微熱が続いていたのである。もちろん、バイトには復帰していたのだが、早朝と深夜の労働もあったせいか、とにかく俺は疲れていたのである。そして、そんな時、早くもバイトの一人目の脱落者が出たのだ。俺の友達の一人であるSが食あたりにより、結局、バイト4日目にして帰ることになった。俺がその話を聞いたのはお昼の休憩中に、寮で休憩しているときだった。俺は好きだった中森明菜の「D404ME」と言うアルバムを聴きながら、「仕方がないなぁ」と思ったのを憶えている。

 そんな時、ホテルの部長さんから良いことを聞いた。それは何かと言うと、ホテルの大浴場を俺達も使ってもイイと言うことだった。ただし、お客さんがほとんど使わない時間だけと言う制約はあったのだが、これには俺達は大喜びだった。と言うのも、俺達の仕事の時間の都合上、ホテルの大浴場を使えるのは夜の仕事が始まる前に限られていたのだ。夕方の4時頃から浴場がオープンしていたので、俺達が利用できるのはいわゆる一番風呂だったのである。それからというもの、このバイトが終わるまでしっかりと毎日温泉につかることが出来た。それで、と言うわけではないんだろうけど、微熱が続いていた俺も、数日後には見事に全快してしまったのである。この時以来、俺は温泉についてある答えをみつけたのである。そう、昔から温泉は湯治のために使われていたのである。だから、本当は温泉に2,3日浸かったくらいじゃ、その効果は得られないのである。温泉に浸かるならやっぱり1ヶ月は必要なのだと言うこと。でも、今となってはそんなことも夢のまた夢なんだけどね…そして、俺は今もなお温泉の効力を信じているのである。

~8月、って来た友人S~

 バイトを初めて10日ほどたった8月1日、ここに来てもう二人目の脱落者が出てしまった。今度は同じ洗い場を担当していたいとこのMである。これで同じ学校から来ている人間は俺とAの二人となってしまい、バイトの人選をした俺としては、こんなに脱落者が出てはホテルの人に申し訳ないと思い、急遽、田舎にいる友達を新しく呼ぶべく電話することにした。そして、この友人こそ俺の最高の親友であり、生涯忘れることの出来ない想い出を沢山くれた友達である。そして、早速その親友であるS坊に電話をした。電話口に出たS坊はいつもの声だった、俺はバイト先の事情を説明し、釣りえさである毎日の温泉とホテルの食事を用意し、明日にでもこっちに来て欲しいと言うことを伝えた。S坊は高校生活最後の夏休みをだらだらと過ごしていることのことだった。そして、俺の釣りえさが功を奏したのかS坊は喜んで来るとのことだった。そして、次の日からS坊がリタイアしたMの変わりに来ることを部長さんに伝えた。そして、このS坊が来たことによって、俺のバイトが本格に始まったと言っても過言ではなかったのである。

 次の日、S坊が到着する時間にバス停に迎えに行った。といっても、幸いなことにバス停の場所がホテルの前だったのである。S棒を載せたバスはお昼過ぎの到着した。そして、大きな荷物をもったS坊が降りてきた。俺達が顔を合わせたのは一学期の終業式以来だったので、お互いに「久しぶりぃ」等と言いながら、まずは今日から彼が寝泊まりする寮へと連れて行った。そして、寮に入って彼の口から出た最初の言葉は「何ぃここは~」だった。だいたい予想はしていたのだが、俺が最初にこの寮に来たときに思ったこととまったく同じだった。この時Aは何処かに外出していたらしく、寮にはいなかったのを憶えている。寮を出て、あらためて部長さんの所に挨拶に行き、そして、再び俺達は寮に戻って夕方からの仕事に備えることにした。その時に、田舎にいる他の友達のこととか色々と話をしていたんだけど、S坊が思い出したように言った。「キョンキョンのテープ持って来たでぇ」と。実はこの夏休みの間にS坊と一緒に小泉今日子のコンサートに行くことになっていたのである。この頃、俺は中森明菜派でS坊は小泉今日子派だった。しかし、俺もキョンキョンのことは好きだったので、このコンサートはとても楽しみにしていたのである。そして、彼が持ってきた「FLAPPER」を聴くことにした。この頃のアイドルは年に2枚のアルバムを出すのが普通で、相場は夏と冬と決まっていた。当然、夏のコンサートツアー用に作られていたんだろうけど、中森明菜にしろ小泉今日子にしろとっても夏っぽいアルバムで、この時に聴いていた二人のアルバムはは今でも大好きである。

 夜のバイトが始まる前に、俺達のすることと言えばまずお風呂に入ることだった。ホテルの大浴場を毎日使えるとこを勧誘の時に伝えていたS坊は案の定大喜びで、しきりに「スパーラッキィ」等とほざいていた。お風呂のあとはちょっと早い夕食である。社員食堂に向かう途中、別の高校から来ていた女の子二人組と会った。この頃には既に仲良くなっていて、俺はT子とM美にS坊の事を紹介した。ただし、この紹介の仕方が普通ではなかったのではあるが…。実はこのS坊と言う男は相当な霊感の持ち主なのである。例えば、一緒に街を歩いていると、ビルの上から人が飛び降りるのを見たと言っては大騒ぎするのである。そして、極めつけは自分の手の平から炎(のようなもの)を出したりしたことがあるのである。俺はこのことを二人に言ったのだが、信じたのか信じなかったのか、二人は笑いながら「後でその話もう一回聞かせてね」と言って別れた。

~登校日~

 住み込みのバイトも20日が過ぎた頃初めて実家に戻ることになった。と言うのも、夏休みの間で一番嫌な登校日があったからである。それと同時に、キョンキョンのコンサートがその登校日の翌日にあったのだ。俺とS坊は、登校日に実家に帰ることを部長さんに伝えていた。しかし、元々学校があまり好きではなかったAはそのまま登校日の日もバイトをすると言うことで一人残ることになった。がしかし、俺もS坊は夏休みの登校日に学校に行く気はさらさら無かったのである。この日実家に帰ったのはもちろん、キョンキョンのコンサートに行くためである。ホテルの部長さんに言っていた登校日はコンサートの次の日で、本当の登校日は俺達もバイトをしていたと言うことである。そうでもしないと、コンサートが終わってからではバイト先に戻って来れなかったのだ。コンサート当日は朝の仕事が終わってから、そそくさと電車に乗って一旦実家に帰り、再度、電車にてコンサート会場へと向かったのである。

 この日のコンサートはなんと席が前から2列目のしかも真ん中あたりで、これまでに見たコンサートでも最高の席だった。実は、この時を含めてキョンキョンのコンサートは3回も行っているのである。一番好きだった中森明菜なんて1回しか行ったことないのに、今考えても不思議なものである。それから、明菜と同じくらい好きだった松田聖子にしてもやはり1回しか行ったことないのである、余談ではあるが…

~暑い暑い夏の日だった~

 8月10日はこの温泉地の花火大会の日である。結構、有名な花火大会で、この日には売れそうで売れないアイドルが、ビーチでミニコンサートをするのが決まり事だったのである。確かこの年はセイントフォーだったような記憶もあるのだが…真実はさだかではない。本来、花火大会が行われている時間帯は俺達は見れない時間だったのだが、俺とS坊はしっかりと見ることが出来た。しかも、田舎の友達数人達とともに。そう、この8月10日と言うのはコンサートの次の日で、いわゆるニセ登校日だったのである。ホント、この時ばかりは神様に感謝したものである。だって、やっぱり海の上に上がる花火が見たかったからね。まぁ、一人で残ってバイトをしているAには悪いと思ったのだが、たまたまバイト組じゃない他の友達がこの日、温泉地に泊まりに来ていたので一緒に花火見物をすることのほうが俺とS坊にとっては重要だったのである。と言うのも、この友達の中に俺にとって高校生活最後の彼女になる女の子がいたから…

 花火大会が終わった後、俺達は別のホテルにあるディスコへと繰り出した。ディスコでは飲んで踊ってかなり盛り上がったんだけど、結局ディスコが閉まるまで踊っていた。ラストの「君の瞳に恋してる」で踊り狂った後、酔いをさますためにみんなで夜のビーチへと向かった。酔った勢いだったのかビーチでは適当にカップルに分かれて、それぞれの時間を楽しんだ。俺はこの時一緒にいた女の子が、俺の彼女になるなんてこ全然思いもよらなかったんだけど、ホント、この時ってメチャクチャ“青春”していたと思う。俺と彼女はビーチに寝そべってずっと空を見ていたんだけど、この時に見た星空は本当に綺麗だった。そして、流れ星って頻繁に見えるものだと初めて知った。そう、願い事なんて幾つでも言えるくらいに…でも、この時俺はどんな願い事をしたんだろうか。さすがに、今となっては思い出せないけど、そんな流れ星をもう一度見てみたいものである。そして何時間が過ぎた後、友達は自分たちの泊まっているホテルに戻り、俺とS坊も寮へと戻ることにした。

 そして、この何日か後にあのニュースは流れた…

 8月10日から温泉地は夏のシーズンでも一番のかきいれ時である。当然、お盆休みと言うことで観光客やら帰省のお客さんで白いビーチで有名な温泉街は人でいっぱいになるのである。ホテルも満室状態が続き皿洗いの俺達も仕事が終わるのが一段と遅くなるのだ。もちろん忙しくなるのは俺達だけではなく、他の持ち場も忙しくなるのである。そんな時、俺はホテル部長さんにあと一人バイトを頼みたいと言われた。そして、俺は友人Tちゃんを呼ぶことにした。S坊同様に暇な夏休みを過ごしていたTちゃんも早速、こっちに来ることになった。その日は8月12日。俺の高校時代でも忘れることに出来ない一日だった。

 俺はこのニュースを仕事をしながらラジオのニュースで聞いた。飛行機事故ということだった。仕事が終わったあとも、ホテルの従業員さんに頼んでテレビを見せてもらうことにした。深夜なのに延々と事故関連のニュースが流れていたのを憶えている。そして犠牲者の中に坂本九の名前があったのを知った。次の日からのワイドショーでは頻繁に「上を向いて歩こう」が流れていた。

 そして、バイト生活も残すところ10日あまりとなった。

~肝試し~

 お盆が過ぎたらあっという間にお客さんの数が減った。ビーチにはもちろん毎日沢山の人がいたのだが、夕方近くになると明らかに人の数が少ないのである。そんな風景を見ていると、何となく淋しい気もするのだが、俺達は残りのバイト生活を楽しんでいた。この頃になると、大学生のバイト組も半分は帰っていて、高校生である俺達もようやく布団部屋をを卒業していた。そして、このベッドに移ったことによって何より嬉しかったのは、寝るときに扇風機が回っていたことである。もちろん、一人一台ではなく壁に備え付けられたものを全員で共有していたのだが…布団部屋に比べたら、これだけでもかなり涼しかったのである。

 ある日、バイトが終わったあと、高校生だけで例の布団部屋に集まって延々と喋っていた。話題と言えばこの時期に欠かせない怪談話である。この時高校生のバイト仲間は全部で七人いたのだが、当時から一番恐れられていた百物語へと話は移っていた。それぞれに恐い話を持ち寄って、ギャーギャー騒いでいたら、隣で寝ていた大学生の人に怒られてしまったのである。それでも懲りない俺達は無謀にも外に出て話題を再開させた。そして、まだ百話までいっていないときに、ふと誰かが思い出して「そう言えばこの近くに自殺の名所があるよねぇ…肝試しでもせぇへん?」と言った。恐い話で盛り上がっていた俺達は、そんなことをするのを本当はメチャクチャ恐いのに「やろ、やろぉ~」などと面白がって言っていたのである。でも、この時一人だけそんなことをしたくないと心から願っていたやつがいたのである。それは当然、人一倍霊感が強いS坊だった。が結局、肝試しは決行されることになった。
 メンバーは、男二人だけのグループとそこに女の子が一人ずつ入る三組に分かれた。ちなみに、俺のグループは霊感の強いS坊とT子だった。肝試しの順番は男だけのグループが先に最初に行き俺達のグループが最後だった。肝心のルートは県道(入り口)から自殺ポイント(崖)まで歩いて、途中にある命の電話の横の林道を抜けて県道(出口)に出て、県道(入り口)まで戻ってくるルートだった。所要時間は昼間、普通に歩いて15分程度の所だったんだけど、街灯と月明かりだけで試すことにした。そして、順番に肝試しは始まった。

 肝試しは一組が戻ってくるまで、入り口で待機していることにした。一組二組と順調に進み、先に終わった連中はなんて事ないよってな顔をしながら戻ってきた。そして、俺達のグループも肝試しのルートへと足を運んだ。県道(入り口)から少し歩くと電話ボックスが見えてきた。しかし、この電話ボックスに着くまで全く街灯がないのである。ようは、この電話ボックスの明かりだけを頼りにここまで来たのだ。俺達三人は電話ボックスの中に入って、そこに書いてある伝言を読んだりしていた。その内容が、自殺する前にもう一度よく考えて!とか言うようなことだったと思うんだけど、それが、命の電話と言うことだろう。この時すでに俺の心はドキドキだったんだけど、今度は崖に行くことにした。しかし、また、この崖までも街灯がなく、何故かその崖にだけ街灯が1つ設置されていた。崖の上から海を覗いたりしたけど、暗くてよく見えず「あ~こんなもんか」等と思ったりした。そして、俺達は再び命の電話まで戻り、そこから林道を抜けて県道(出口)へと向かった。たしかに、先に済ませた連中と同じようになんて事はなかった、ように思えた。
 県道(出口)に出て、みんなが待っている県道(入り口)までは約50mほどあったと思うんだけど、三人でぺちゃくちゃ喋りながら戻っていた。ところが県道(出口)から20mくらい歩いた所だったと思うんだけど、俺達三人の足が一斉に止まったのである。左手の奥にさっき歩いた林道があるんだけど、そこに一瞬白いものが見えたのである。俺達は声も出なくなって走ろうとした時、道もない林の中から女の人が現れたのである。しかも俺達のすぐ近くに…顔は見えなかったけど確かに女の人だった。服は着ていたけど手が見えなかったところまでは憶えている。この時ばかりは俺達は悲鳴を上げながら、これまでにない走りをして逃げたのである。そして、県道(入り口)に戻ったが誰もいなかったのだ。俺達に黙ってさっさと寮に帰っていたのである。俺達も寮に戻って、今あったことをみんなに話したけど、結局、笑ってごまかされてしまった。でも、俺にとって本当に恐い思いをした体験である。このあと、恐くて眠れないんじゃないかと心配したが、案外あっさりと眠りについた俺である。しかし、S坊は予定通り金縛りにあったということである。

~ギター弾き~

 8月も20日を過ぎる頃には一段とビーチでの人の数が少なくなっていた。俺達のバイトも残すところ5日間。この頃になって、俺はふと気づいた。最初、バイトをしようと思った理由は思いっきり海で遊べるからだったんだけど、この1ヶ月間は殆ど海に行っていなかったのだ。不思議なことにそれは他の連中もそうだったみたいで、今考えれば本当に不思議である。今の俺ならば、死ぬほど焼きに出るんだろうけど…

 仕事が終わったあと俺はS坊を、スナックに飲みに行こうと誘った。何となく飲みたい気分だったのである。そして、このバイトの期間ではじめてスナックに飲みに行くことにした。場所は、行き当たりばったりで雰囲気の良さそうな店を探してようやく1軒見つけた。その店にはママさんが一人いて、もう一人40代くらいの男の人がいるだけだった。ママさんは最初俺達のことを一瞬睨んだように見たけど、すぐに笑顔で迎えてくれた。おそらく、その風貌から俺達が高校生だということがわかったのだろう。当時の俺はジントニックしか飲めなかったのでそれを頼んだ。俺達は何となく居心地の悪い思いのままカラオケの唄本なんかをみたりして適当に時間を過ごしていた。するとママさんが「ここの人?」と聞いてきた。俺達は「バイトでここに来てるんです」と答えた。「よかったら好きな歌でも歌ってね」そう言ってママさんは先客の相手を始めた。何となく緊張がほぐれたような気がした俺は安全地帯の「恋の予感」をリクエストした。

 歌い終わった俺に先客の男が話しかけてきた。
 「君はどんな歌手が好きなの?」
 俺は適当に今歌った安全地帯を好きだと答えた。
 すると、男は
 「俺はスティービー・ワンダーが好きやねん」
 そう言って、男は店においてあったアコースティックギターを取り出して弾き語りを始めた。曲のタイトルはわからなかったけど、スティービーワンダーの曲だった。上手なのか下手なのかよくわからなかったけど、この男が酔っぱらっていることだけはわかった。そして、その弾き語りに耳を傾けいるママさんの顔がとても優しかったのを憶えている。そんな雰囲気の中、俺とS坊は店を出ることにした。あの時のあの二人の関係なんて全くわからないけど、何となく少しだけ大人の世界にひたれたような気がした俺である。そして、あの時あの男が弾いていたのは「part time lover」だった。それも、BLUESで…

8月25日

~最後の夜~

 とうとう、アルバイト最後の日となってしまった。だからと言って特別違うことをするかと言えばそうではなかった。これまでと同じように、朝早くから午前中の仕事を済ませ、お昼の休憩中は昼寝をしたりブラブラしたりして時間を過ごした。そして、その夜もいつもと同じように仕事へと向かった。ただ、この日は仕事が終わったあとバイト仲間で打ち上げをすることになっていた。高校生も大学生も関係なく、同じところで生活をして仕事をした仲間だけでのささやかな打ち上げになるはずだった。
 この日の夜の仕事は終わるのがとても早かった。最盛期と違ってホテルの客の入りが極端に違うのだ。おかげで、この日の打ち上げも割と早い時間から始めることが出来た。酒はホテルの横にある酒屋であらかじめ買っておき、仕事が一番遅く終わる俺達を待って始まったのである。
 最初は、みんな酒をチビチビと飲んでいたのだが、いつの間にかみんな酔っぱらってしまい、当然のことながら逆噴射するものもいたりした。そして最後に、ある1つの提案が出た。それは、女の子が持っている化粧品でその場にいる男全員が化粧をするというものだった。酔いも手伝って、俺達男は異常に盛り上がってしまった。そして、大学生から順番に女の子二人に化粧をしてもらっていった。もちろん、全員の化粧が終わるまで顔を合わせてはいけなかったんだけど。そして、出来上がったお互いの顔をみて腹を抱えて笑ったりした。最後は変になった顔を並べて記念写真を撮った。この写真は今でも俺の実家にある古いアルバムにしっかりとスクラップされているが、これからも他の人に見せることはないだろう…

8月26日

~夏の終わり~

 朝はこれまでと違って久しぶりにゆっくりと起きた。前日の酒が少し残ってはいたけど二日酔いで動けなくなるほどではなかった。結局、俺と同じ高校から来て最後まで残ったのは俺とS坊とAとTちゃんだった。俺達は、自分たちが生活した布団部屋を片付け、最初ここに来た時と同じように自分たちが使った布団を部屋の隅に積み上げていった。そして、来た時とさほど変わらない荷物を鞄の中に詰めホテルに向かった。
 ホテルの事務所には部長さんや他のバイト仲間も既に揃っていて、俺達が着くと簡単な挨拶から始まった。そして、このバイトで一番待ち望んでいたこと。それは、もちろんバイト代である。次々と現金の入った封筒を渡されて、いよいよ、このホテルともさよならする時間が近づいてきた。

 寮に戻った俺はS坊と一緒に洗い場のおばちゃん達に挨拶に行くことにした。おばちゃん達が住んでいる社員寮に行くと二人とも笑顔で迎えてくれた。最初、気むずかしいそうだと思ったおばちゃんは、実はとっても気さくな人で、いつも俺達の為に夜食用にと、ホテルで出された手つかずの食事をとってくれたりしていた。のほほんとしたおばちゃんも、おっとりしているわりには話が上手で、仕事中にいつも俺達を笑わせてくれていた。俺達にしてみれば、おばちゃん達二人は母親代わりでありお祖母ちゃんの代わりであったのかもしれない。そして、俺達もこのホテルを去る時間がやってきた。

バスが駅に着くまで誰も話さなかった
たった1ヶ月ちょっとの時間なのに
それまで過ごしたどの時間よりも長く感じた
駅までの道は既に想い出だらけ
ちょっとだけ涙が出た
後ろに座るT子の鼻をすする音が聞こえた
やっぱり少し淋しかった

そしてバスは駅に着き
俺達は別々の電車に乗る
走り出す電車から見た太陽は
そろそろ
夏の終わりを告げているようだった


そして、2007年夏。

 この話のあと何度もこの土地を訪れたけど、変わったもの変わらないものがある。ある人は想い出は色あせると言うけど、俺の中では全くと言って良いほど色あせてはいないのである。確かに懐かしさはあるけど、俺の中では今でも忘れられない日々である。不思議なことに書けば書くほど、色々なことを思い出していった。書ききれなかったエピソードもあるのだが、それはまたいつの日か書ければと思う。そして、あらためてこの16年で色々なことがあったと感じたりもした。だから俺はこの時に経験したことを何処かに残したかったのかもしれない。

※こちらは2001年当時HBにて計指したものを一部改訂して再掲しております。

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