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音読は必要か?

『免疫不全のラットを炸裂』
と言う、ネット記事の見出しをみてなんだこれは?と思って記事を読んでいると、実験用に、あらかじめ免疫不全のラットが出来たという話しだった。

何のことはない、単に“作製”を“炸裂”と読み間違えていたワシである。

もうひとつ
『おはしガスト』
と言うレストランを“おはなし”ガストと読み間違えていたツレである。

この手の間違いは本当に多い。
たぶん、学生の頃まではそんなになかったはずなんだけど…。おそらく、音読をしなくなったことによる弊害なのでは、と勝手に思っているワシであります。
試しに、持っている文庫本を音読してみたがこれが思った以上に悲惨であった。
読み間違える以前に、詰まる詰まる詰まる。

その昔、国語の時間にはすらすらと読んで褒められたことなんて夢の出来事だったのかと思うほど。

関西人は国語の時間に本を読まされるときも関西弁なのか?という疑問があったが、答えは“そうであるけどそうでない”と言ったところ。文章は共通語で書かれているけど、イントネーションは関西訛り。

ところが今、同じことをやってみると共通語でも関西弁でもない訛りになってしまって、なにがなんだかまともに読めません。普段は共通語で会話が出来るようになったというのに…。おかしなものである。
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